「慢性炎症を科学するシリーズ」 炎症と慢性炎症の違い
【炎症とは何か】
炎症の典型的な症状は、発赤、腫脹、熱感、疼痛です。この炎症症状は、侵入してきた異物や傷んだ細胞や組織が作る産物に対して生体が起こす正常な反応で、この反応は生体防御反応といわれています。からだに異物が入ってきたり打ち身などの刺激があると、血管が広がって局所への血流が増え、組織が赤くなり熱感を持つようになります。また、血管は漏れやすくなるため、血液成分の一部が血管の外に漏れ組織が腫れて痛みが生じます。この漏れた血液成分は、大半が白血球で異物を排除するために戦います。この現象は、炎症性細胞浸潤といわれ、炎症細胞とは組織に流れ込んだ白血球のことを指します。炎症がうまく働くと異物は追い出され、傷ついた細胞は修復され、生体は元の状態に戻ります。よって、炎症は一過性であることが正常です。これらの炎症は、急性炎症と呼ばれています。
【良い炎症と悪い炎症】
炎症は、私たちが生きる上で必要な免疫応答で、自然免疫に該当する生体防御反応です。良い炎症は、急性炎症で一過性です。一方で、悪い炎症とは、炎症が慢性的に生じるケースです。慢性炎症は、発赤、腫脹、熱感、疼痛の四徴候が必ずしも診えません。サイレント・キラーと呼ばれる状態です。この状態は、炎症性サイトカインと総称される何種類ものたんぱく質が炎症組織で作られ、全身に広がり離れた細胞にその影響が伝わる状態です。炎症が続くと組織の機能低下が生じます。その機序は、炎症が続いた組織では細胞が死に始め、そのため組織の微細構造が壊れ、そこに周囲の結合組織から繊維成分が入り込み、組織の柔軟性が失われ硬くなります。そして次第に、正常な細胞が減り、繊維成分に置き換えられていきます。これを線維化といいます。線維化というのは、傷ついた組織が回復する過程で生理的にみられるものなのですが、慢性炎症では一時的に起こるはずの線維化が止まらなくなり、線維化が進行し組織の病的な線維化が生じ、機能低下が起こります。
【慢性炎症の機序】
日本医療研究開発機構で炎症の慢性化機構の解明に基づく、がん・動脈硬化性疾患・自己免疫疾患等の予防・診断・治療等の医療基盤技術の創出を目的として、「炎症の慢性化機構の解明と制御に向けた基盤技術の創出」という名称の研究が行われました。その研究では、慢性炎症の正体やメカニズム、慢性炎症がなぜ万病のもとになるのかなどについて、いろいろなことが分かってきました。慢性炎症は、危険信号(デンジャー・シグナル)と呼ばれる刺激の蓄積により、自然免疫系センサーが刺激され、炎症性物質が放出され炎症が起こっていることが分かっています。また、病原体を感知できるのが、白血球だけでなく実際はすべての細胞であることが分かっています。そのため、危険信号により炎症を起こすのは白血球と周囲の細胞の両方であることから、組織に炎症が起こるとなかなか白血球が消えず慢性炎症の原因となっています。
危険信号は、病原体構成成分の分子と自己の細胞が壊れたときに放出される分子や悪い食生活やストレスなどを原因(内なるストレス)とする傷害関連分子に分けられます。内なるストレスの中には、非常に少量、常に作られている物質もあり、自然免疫センサーはおそらくこのような物質も感知していると思われています。病原体のような外的刺激が存在せずに起こるような反応のことは、自然炎症を呼ばれています。
次回は、慢性炎症がどのように病気につながるのかなどをお話ししたいと思います。
【参考文献】
アバス‐リックマン‐ピレ 分子細胞免疫学
標準免疫学
免疫と「病」の科学万病のもと「慢性炎症」とは何か 宮坂昌之
線維化と疾患 炎症・慢性疾患の初期からはじまるダイナミックな経過をたどる
菅波孝祥 田中都 伊藤美智子
基盤病態としての慢性炎症 編集 真鍋一郎 中山俊憲
NATIONAL GEOGRAPHIC 2024年8月号